岡山県公安員会指定 犯罪被害者等早期援助団体
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被害者サポートセンターおかやま は、犯罪被害者を支援する岡山県の民間団体です。

「性犯罪被害者の心理」講演全文   その4 

大阪高等検察庁 田中嘉寿子検事

性被害者に起こっていること  従順・懐柔反応

性犯罪の被害者は,反ショック相に移行した場合,身体は火事場の馬鹿力が出るようにパワーアップされた状態になっています。それなのに,何でもう少しちゃんと抵抗できないのか,ということがなかなか理解されません。このとき,被害者には,従順・懐柔反応が出ます。心の方は,初期の凍り付きによって物理的に抵抗不能な状態にある中で,生存率を最大化して被害を最小化する努力をしているのです。ですから,できるだけ従順にふるまう,殺害や妊娠を回避するため,相手を懐柔する工作を模索し,加害者を怒らせないようにやさしく話しかける人が多いです。この時のことはアドレナリンが出ていてよく覚えてるので,フラッシュバックが起きやすい。

闘争・逃走反応という概念は,1930年代頃にキャノンさんが,危機に対してどんな反応をするかについて提唱したもので,敵が強そうなら逃走し,弱そうなら闘争することを可能にするため,身体の機能を高める反応として非常に有名です。その後,1990年代になると,実験の被験者のほとんどオスだったのですが,循環器系の薬で女性に死亡率が多かったため,男女で差があることが分かり,雌・女性でも実験をするようになりました。すると,女性は戦ったり逃げたりしません,仲間と結束して子どもを守る反応をすることが多いという研究がなされました。女性は,Tend(守る)-and-befriend(仲間と結束して助け合う)ことで,被害を最小化する。

文献の和訳はあまりないのですが,精神医学分野では,ストレス反応の男女差について,最近,日本でも紹介されてきています。男性に特徴的な「闘争・逃走反応」ではなく,女性は「思いやり・絆反応」を示すとされています。「思いやり・絆反応」というのは,原始的な反応です。原始時代は男は外で狩猟・戦争をし,女は集落を守って結束するのが大事だったから,当然,危機への対応も違うということです。

性被害の場面では,「思いやり・絆反応」というまったりした訳語では私はぴんときませんので,「従順・懐柔反応」と名づけたのですが,とにかく生き延びるために必死な状態です。生き延びるために,一見,相手と仲良くしているように見えます。いじめでもそうですよね,いじめの被害者の子は加害者と仲良さそうに見えることがありますが,それが一番いじめを最小化する方法なんですよね。加害者を懐柔して何とか今日の被害を少なくして,生き延びようとする。

さっきアドレナリンが出ているときに人間は記憶をよく覚えていると言いましたが,情動を揺さぶられるときのことを人間はよく覚えているものです。性被害の記憶というのは,とても強い情動記憶なので,非常によく覚えています。 

情動と記憶の関係は,アルツハイマーの新薬研究の論文などに出てきます。認知症に関する本を読んだとき,若年性アルツハイマーの方が,今日病院を受診したことも帰宅後は忘れるほど進行していたとき,医師から,「あなた若年性アルツハイマーですよ」と病名を告知されたときのことだけは,ずっと覚えていたそうです。その人の生存の根底を揺るがすようなきつい言葉だったから,覚えていたんだそうです。あの時のあの言い方はひどかった,とずっと覚えている。人間は,進化の過程で,怖かったこと・危険なことは覚えておかないと,次に危険なことがあったときに逃げられないから,ちゃんと覚えておきましょうという記憶のメカニズムを形成しているのです。そのため,恐怖記憶は固定化されてPTSDになってしまうという研究がされています。

次に,被害者は,なぜ被害後すぐに被害を申告できないのかという問題があります。防衛機制というのは精神分析の用語で,自我が自分の心を守り,安定させるための機能です。「否認」もその一種で,被害者の「否認」とは,辛い現実から目を逸らし,認めようとしないことをいいます。例えば,交通事故で幼いお子さんを亡くされたお母さんに御遺族として事情聴取したとき,お子さんがまるで生きているかのように話されました。気が狂っているわけではないのですが,「あの子の好きなハンバーグをつくって供えたのよ」とか,「もうすぐ遠足があるからあれを買わなくちゃ」とか,現実を受け入れられない状態がしばらく続きます。

交通事故の御遺族からお話を聞くとき,否認状態の間は,死者を現在形で語られます。亡くなった御家族について過去形で語れるようになるのに1年くらいかかる人が多いですかね。何年もかかる人もいるでしょう。夫婦仲によるんでしょうが,すぐに過去形になった人も稀にはおられましたが。「否認」状態にあると,被害者は,被害申告しませんから,どんどん証拠がなくなってしまいます。後から被害申告しても遅すぎると言われてしまいます。

証拠が消えると分かっていても,多くの方は,二次被害の恐怖などの様々な事情から,なかなか他人に被害について言う決心がつきません。捜査する立場からすると,できるだけ24時間以内に病院に行っていただいて,検査をして証拠を保全して頂くのが大事なんですが。否認状態で警察に被害申告する気になれなくても,せめて緊急避妊措置や性病検査のために受診して証拠を保存しておいていただけると良いのですが。否認の防衛機制が働いている間,被害者は,すごく頑張っていますので,とても疲れます。

 

そうして,疲弊期に入っていきます。生きるエネルギーを全部使い切ってしまうんですね。災害の被災者の方が,性犯罪の被害者よりPTSDの罹患率はずっと低いのです。被災者は自分が被災したことを隠さないで済みますよね。助け合えますし,公私の支援も入ります。そういう意味では,独りぼっちで頑張る必要は余りありません。でも,性被害者は,ほとんど独りで頑張られます。独りで頑張って,抵抗期にエネルギーを使い切りますので,疲弊期も重く,PTSDが重くなりやすいのではないでしょうか。性犯罪者を支援・治療している精神科医の方が,「1人でもいいから,被害者に被害直後から寄り添う人がいれば,PTSDの予後がすごくいいの」と仰っていました。

疲弊期に入ると色々な症状が出るので大変です。身体にもたくさん症状が出て,心も,抑鬱状態になったり,社会的にも孤立したり,酷い場合は自傷行為や自殺に至る場合もあります。記憶も,フラッシュバックに苦しんだり,逆に解離性健忘になったりします。長期になると海馬の萎縮も発生し,後遺症も深刻になります。

2次被害が怖いから誰にも言わない,ということがよくあります。誰にも言わないでずっとおられた被害者の証言集があります。森田ゆりさんの「沈黙を破って」です。子どもの頃の性被害を60歳過ぎても忘れられずにずっと苦痛を抱えて生きてこられたと手記を寄せられている方もいました。2次被害を恐れて被害申告しなくても,やはり,一生苦しむのなら,被害直後に被害申告をした方が良いです。最近はVSCOのような支援団体もあるし,こちらの病院のように,きちんと受診して助けてあげましょうというシステムもできています。警察も受診費用を負担したり,性犯罪捜査について専門性を高めた女性警察官が育成されるなど,対応も変わってきています。

私の愛読書のデーケンさんの本は,御遺族のための本ですが,御遺族の感情と性被害者の感情は似ていると思ったところを表にしたものです。パニックになったり,怒りをぶつけたり,自分を責めてしまうことが多いです。性被害を受けて,自助グループに入ったりサバイバーとして名前を出して活動したりする方は,ごくごく少数なので,この表の6番くらいまでの人が多いです。

なぜ被害者支援が広がらないのでしょうか。社会心理学の本を読んで,なるほどと思いました。人間は,誰でも自己防衛的に物事を判断し行動する傾向があります。自分は注意深く良い人だから被害に遭わないと考えるんです。この世界は公正だから,良い人には良い結果が来るという信念がある。人間は安全神話の中で生きているのです

それは,裏返せば,被害者の自責感になります。幼い少女が,生まれてからずっと性的虐待を受けてたケースで,私を含め,周囲のみんなが「あなたは何も悪くないよ」と言っても,彼女は,「でもやっぱり自分が悪い気がする」と言ったんです。子どもは勧善懲悪の物語ばかり聞いていますよね。すると,自分に悪いことが起きるのは,自分が悪い子だからだと思います。どんなに良い人にも突然悪いことが起きることはあるし,何も悪いことをしていなくても不幸は襲ってきます。でも,人は,そういう風には思いたくないのです。

一般の人は,性犯罪の被害は自分と関係ないと思いたいのです。まして親から性的虐待を受けている子供がいるなんてことは,見たくもないし,聞きたくもない,そんなことがあると信じたくないと皆思っています。

日本で被害者支援が広まったのは,三菱重工ビル爆破事件と地下鉄サリン事件のような,一般人の誰にでも起こり得うる無差別テロのときだけでした。でも,それ以外の性的虐待などは,自分のこととして考えてはもらえません。そういう点で被害者支援は広まりにくいものなんです。

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講演全文 その1 はじめに
その2 性被害者に起こっていること  正常性バイアス
その3 性被害者に起こっていること  凍り付き症候群
その4 性被害者に起こっていること  従順・懐柔反応
その5 性犯罪の加害者
その6 性犯罪の捜査 その1
その7 性犯罪の捜査 その

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