なくそう性暴力!大切な人を守るために

「なくそう性暴力!大切な人を守るために」

 講師 齋藤梓 氏 目白大学准教授

岡山西ライオンズクラブとの共催で「岡山西ライオンズクラブ認証50周年記念講演」

性暴力は、日常生活の中で、身近な人から、脅し・暴行もなく起きている

講師 斎藤 梓氏

性暴力被害は想像以上にたくさん発生しています。内閣府の2020年の調査によると、性暴力被害の加害者は交際相手や配偶者、学校や職場の関係者など前から知っていた人が多く、被害にあった時期は男女とも18・19歳や20代の若い時期が多く、また半数以上の人は被害を誰にも相談せず、警察に相談した人は男性0%・女性6%と、ほとんどの人は警察に相談していません。大阪大学野坂先生が行った高校生対象の調査では、女子の5%・男子の1%がレイプ被害にあい、無理やり体を触られる強制的身体接触は女子37%・男子14%が経験するなど、多くの生徒が性被害にあっていることがわかります。


NHKが2022年に実施し3万8千人が回答したネットアンケートでは、性被害を受けた時の平均年齢は15.1歳で子どもが性被害にあっていることが非常に多く、半数以上が顔見知りからの被害で、被害時に自分が何をされているかわからなかった、頭が真っ白になったという人が多く、抵抗することはできなかった人が多い、という結果がでています。内閣府の16~24歳を対象にした別の調査では、被害が起きた場所として学校が上位にきており、子どもたちが学校で性被害によくあっていることがわかりました。


私が行った、オンライン上での性被害についての調査では、1割の人がオンライン上で性的な要求をされたり、写真や映像を送るよう強要される、といった被害にあっていて、25%の人が相手の脅迫・要求に従わざるを得なかったと答えています。


地位や関係性を利用し、抵抗できなくする性暴力が最も多い

性暴力被害はどのように起こるのでしょう? 日本の調査では「やめてほしい」と加害者に頼む人が51%いますが、抵抗をしても聞き入れられないと、自分は意思を聞かれる存在ではないのだと絶望的な思いになり、抵抗できなくなります。人間は生き物なので、脅威にさらされたときには様々な反応が起きます。強い恐怖を感じると、まず頭が真っ白になり、闘うか逃げるかを意識的・無意識的に判断し、どうにもならない状況では、身体が動かなくなります
性被害の状況をどうにもできないと思った時、自分を守るためには、加害者に従わざるを得なくなることもあります。例えば、繰り返して性的虐待を受けている子どもは、いつ被害が起こるかわからないので、夜がとても怖くて眠れないと言います。そのため自分から先に被害にあう状況をつくって被害にあった後に安心して眠ろうとするそうです。
性暴力が起こるプロセスごとに被害を分類すると、突然襲われる奇襲型、酒や薬物を使う型、DVや児童虐待のような家庭内暴力型、と分類されますが、1番多いのが、罠にはめていくエントラップメント型で、これは日常生活の中で、加害者が上下関係を作り出しその地位や関係を利用する型をいいます。典型的なのが就職活動中の学生の被害です。加害者は、人事部に顔が利くといって自分の価値を高め、「そんなエントリーシートでは受からない」などと言うので、学生は“この人に逆らったら就職できないかも”、と思わされ、別の場所に誘われて突然に性被害にあってしまいます。


基本的に加害者は、世間から信頼されていて、例えば上司、教師、カウンセラーなど、被害者に対して指導的立場にあることが多いです。まず、セクハラ・モラハラなど予兆的行動があってから、加害が発生するプロセスがみられます。その後、加害者は「あれは恋愛だった」「指導の一環だった」などと加害を正当化し、被害者も被害を性暴力と思うと生きていくことが難しくなるので、加害者の主張を受け入れざるを得なくなることがあります。
また、対等にみえる友人関係でも性暴力が発生することがあります。被害者を下にみる言動をして上下関係をつくり、断りにくい状況で飲酒などをさせて望まない性交が発生します。

性暴力被害が被害者に与える影響

 性暴力の難しいところは、同じ性的な行為が一方で愛情になり、一方では暴力になることです。そこで大切なのが、境界線を理解すること。これは、個人の安心・安全を守るためにある、目に見えない想像上の線のことで、性暴力とは、境界線を勝手に踏み越える行動で、相手を人として扱わず、性的なモノとして扱うことです。性暴力と親密な相手との愛情ある行為との違いは、そこに対等な同意があったか(性的同意)、がポイントになります。
 この性的同意の概念がわからないと被害を認識できず、特に子どもは性被害を認識できないことが多いです。何だかよくわからないけれど、性に関することで、混乱して困っている、という子どもが多い。大人であっても、明らかに性暴力なのに、裁判になるような被害なのに、被害者が犯罪だと気づいていないことがあります。
 性暴力のもたらす影響としては、トラウマ反応、PTSD、うつ病、自殺未遂などいろいろあり、性暴力被害はその後の人生そのものに影響をもたらします。衝撃的な体験(トラウマ)のあとに示すのがトラウマ反応。トラウマは自然災害や事故など様々な原因でおきますが、トラウマ反応は、虐待・ストーカー・DV/IPV・性暴力で強くみられる傾向があります。性暴力は、継続した被害でなくても、強いトラウマ反応を示します。
 トラウマ体験の後の反応には、眠れない・食べられない・発熱するといった身体的反応、フラッシュバック・記憶の侵入という精神的反応、職場や学校に行けなくなるといった生活・行動上の変化、自分が悪かった・人を信用できないといった考え方の変化、の4つがあります。アメリカの調査では、PTSDの発症率は大きな災害の被災者で1割くらいでしたが、性暴力の被害の場合は発症率5割と言われています。レイプ被害者は、うつ病発症率が一般の人の3倍、自殺念慮が4.5倍、アルコール依存やギャンブル依存になりやすい、などと精神的影響が大きいことが知られています。人生そのものへの影響としては、人としての尊厳や主体性が失われ、自尊心が低下し、自傷や自殺にいたり、あるいは自尊心を取り戻すために望まない性行為を繰り返す、といった様々なことが起こりえます。


被害を受けた人が回復しやすい社会にするためにできること

性被害が多く起きている社会の中で、被害を受けた人が回復しやすい社会にするため、社会・政策レベル、コミュニティレベル、個人レベルのそれぞれで、できることがあります。社会レベルでは、法律の整備などで社会全体が性暴力を許さないことを示すことが重要です。教育職員の性暴力を防止する法律が今年4月から施行され、児童生徒が被害にあいにくくなることが期待されます。またコミュニティレベルでは、相談のしやすい環境や、被害に気づきやすい環境をつくることが、個人レベルでは、性的同意や境界線について多くの人が知り人々がまわりの人の様子に敏感であることが大切です。
トラウマは心のケガであり、体のケガと同じく様々な反応がおき、眠れない・食べられないといった反応がでてきます。しかし、人には回復力があるので適切な支援があれば、回復する可能性があります。職場など周囲の人が性暴力を理解している、あるいは被害者支援センターで相談員が丁寧に話を聴くなど、治療やケアが適切に提供されることで、状態が安定していく可能性があります。大切なのは、本人だけでなく周囲の人も異変に気付きやすくなることです。相談を受けたときに大事なのは、相手のことを信じて話を聴き、「あなたは悪くない」と伝え、専門機関を紹介することです。その場合、できればまわりの人が先に連絡し付き添いをすると、さらに相談しやすくなると思います。


最近、トラウマインフォームドケアということがよく言われるようになりました。トラウマケアには3段階あり、性暴力を受けた人のなかで、トラウマに特化したケア(トラウマの影響を受けている人対象)を必要とする人は一部です。多くの人はトラウマに対応したケアを受けることで回復していきます。さらに、一般の人がトラウマやその影響を理解していると、多くの被害者が深刻な状態になる前に支援につながることができると思います。トラウマインフォームドケアとは、トラウマがどういうものか理解し、いつもと様子が違うこと、トラウマの影響に気付いて、声をかけて話をきくなどして対応する。このように、トラウマの知識をもって人々が対応することで、性被害を受けた人が傷つかないような社会になっていくことが重要です。

 

 


架空の事例を示します。
Aさんは、営業先の人と食事に行って性被害にあってしまいました。上司に相談して「早く忘れたほうがいい」と言われ、ひとりで警察に行く勇気もなく、人に会うことが怖くなり、仕事を辞めることになりました。
Bさんは、同じ被害にあいましたが、相談した上司が「それは大変なことだね」と言ってくれ、一緒に警察に行き、支援センターを探して面接に同行してくれ、会社の休職を認めてくれました。加害者は逮捕・起訴され裁判になりました。

 


このように、最初に相談した人の反応がとても大切であり、相談した人に否定されてしまうと別の人に相談できなくなります。まわりの人の理解や支援がとても大切であり、なるべく早い段階で支援につながると、その後の人生が違ってきます。
このように、性暴力の多くは力関係の中で生じ、その影響は深刻で長期にわたることが多いのですが、まわりの人の理解や支えで回復することができるので、皆さんも性暴力や性被害に関心を持っていただけるとありがたいと思っています。