VSCOの支援員に支えられて

匿 名

 平成20年3月3日、いつもと変わらない朝を迎えたひな祭りの日。
 私の家では両親の結婚記念日でした。
 「なにかしてあげたいな・・・」と考えていたそんな穏やかな日、最悪な事件が起こるなんて思いもよりませんでした。

去年転職した仕事にも慣れ、忙しいながらに頑張って仕事をこなしていました。昼食をとった後、天気も良くあくびをしながら「眠い・・・!!」と一人言を言っちゃった私に会社の従業員の男から薬を目の前に出されました。
 「何これ?」と聞いても何も答えず、前に前に押し出してくるばかり。
 私は「眠気覚ましの薬なんかあるのかな?」と何の疑いも持たず飲んでしまったのが睡眠薬でした。
 その後、その男に「現場を手伝ってほしい」と言われ、しぶしぶ事務所から出ました。
 薬が効き出した時・・・男の車に乗せられ連れ回された後、わいせつ行為をされました。
 薬の効き目で、ふらふらになりながらも助けを求め警察に行きました。すぐ警察に行ったにもかかわらず犯人が逮捕されたのは2ヶ月語でした。

 事件があった当日は「悪夢を見ているんだ・・・」と何度も自分に言い聞かせていました。でも悲しい事に現実のことでした。
 それから私は周りを一切受け入れられなくなり、部屋に閉じこもり泣いてばっかりの毎日でした。
 子供もそんな母親の姿を見て「ママどうしたん?」「どっかん痛いん?」と小さな心で心配してくれていましたが、「大丈夫で」と言って抱き締め、触れることさえできなくなってしまっていました。
 そんな中で悪いことは続き、仕事も出来ず、出られないことが解っているのに会社側はケアをしてくれるどころか解雇をしてきました。
 何もかも絶望で自殺を考えたこともありました。

 そんな私を見かねた母が、警察の人からいただいた性犯罪にあった被害者に渡している小さな本の中から、パッと目に入ってきたVSCOの欄を見て電話相談をし、母と一緒に行くことになりました。
 初対面は2人の方で、のちに理事長ともう一人のサポーターの方を含め計4人のサポーターの方と出会いました。
 初めは行く事、話す事、会う事すべてがイヤでした。
 初対面の日「頑張って良く来てくれたね」と声をかけてもらいましたが、私にとっては思いもよらない言葉で、私は「何も頑張っていない私に何で!?」といぶかっておりました。
 でも、会っていてもただ泣いているだけの私に「全面的にサポートしていくから大丈夫よ」と言ってくれました。
 行く前の私は「被害にあっていない人に何か解る!?]「同情してやさしくされたくない!!」という気持ちがものすごく強く、自分の気持ちを知られたくないと思っていて気を張っていたのが、サポーターの方の一言一言で「この人達に頼っていいんだ・・・」と徐々に安心感が出てきていました。そして、その後は、家族や彼氏にも言いにくく話せない事や気持ちをいつの間にか話せる様になっていて、仕事の事や裁判までの話合いなど自分の事の様に怒ったり笑ったり悲しんだりしてくれました。

 平成20年7月11日、第一回目の裁判が行われました。
 私は、裁判所に行き、犯人と同じ空気を吸うのもイヤだったので行きませんでしたが、母とサポーターの方が2人行ってくれました。
 その間、私は1人のサポーターの方と待機をしながらいろんな話をしていました。
 話をしながらも一言一言が嬉しかったり、励みになり「大丈夫よ。私達がついてるからね」と言ってもらい涙が止まりませんでした。
 一回で終わるハズの裁判がその目は終わらず、次回となる報告を受けました。
 次回は平成20年9月8日、私の誕生日でした。
 聞いた瞬間、「イヤだ!!」と大声で叫んでいましたが、日にちを変更することは出来ない・・・。
 「誕生日と重なるのはツライけど、あなたが新しく生まれ変わる時だと思うの。新しいスタートになるわよきっと」と言われた時、「これは神様による試練なのかな・・・」と思いました。

 事件からもうすぐ5ケ月が経過しようとしています。
 大好きな家族、大好きな我が子、大好きな彼氏に大きな悲しみ、絶えきれない深い傷を負わせてしまいました。
 それを9月8目の裁判によって大きな一歩を踏み出せて、私が思う以上の判決が出る事を祈っています。
 サポーターの方、これからまた色々とご迷惑をおかけしますが宜しくお願いします。
 最後にみなさんに出会えた事に感謝します。
 また、性被害者が少なくなり、彼害にあった方が泣き寝入りしなければならない世の中がなくなってほしいです。
 国全体で性被害者のサポートを行って欲しいものです。

平成20年7月30日